前回の前編の続きで、一体一如、全機現を紹介します。
前回 坐禅の構造 只管打坐 身心脱落 一体一如 全機現【前編】
一体一如
色んな禅の極意があるど、これが一番極意なのかな。
何故、人間が悩むかというと、一体じゃないからなのよ。
相対だからだよ。
私がいて子供がいるとかね。
私が上司で、お前さんが部下だとか。
一つになれば悩まないんだよな。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第173回
コンピューターなんか売っていた時期があんだけど。
お師匠さんに、「営業は簡単だよ。一体一如でいけ。コンピューターになれ」と言われたよ。
で、コンピューター足がないから君が歩きなさい。口がないから君が語りなさい。
自分を安く売りたくないだろ。
これを早く売って自分の生活の役に立てようって、相対の世界だな。
コンピューターと、ガッと一つになっちゃえば。
禅の極意は一体一如になることよ。
そうすると、次にやる全機現になるわけよ。
全部の細胞が生きてくるわけだ。
だけど、その前に、先週やった身心脱落、その前に只管打坐がないと。
坐禅しなさい。身と心がゼロになりますよ。
そうしたら一体一如になれるんだよ。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第173回
なんとなく分かるような気がしますが、どういうことを言っているのかな?という感じです。
私の感覚では、その仕事はどういう風にされるのが正しいのかなと感じてみることじゃないかと思っています。
この仕事、面倒だなと思った時に、一歩引いて見渡しています。
自分にとっては面倒だけど、ここは肚を決めて取り組もうという判断だったり、
この仕事は別の意味で自分がすべき仕事ではないと断ったりすることがあります。
皆、色眼鏡かけて見ているんだよ。
「損得」とかね、
「世の中は」とかね、
「親がこう言った」とか。
親が言おうが何しようが、真実は真実なんだから。
真実を見ようとする目を養わないと、一体一如にはなんないな。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第173回
勉強しないで困るのは親じゃないですから。子供ですから。
社員も言うこと聞かないでいい加減にやって困るのは社員ですから。
そういうのハッキリお互いの責任をキチンとして、一体一如になんないと。
ベタベタベタベタ、会社が悪いだ、あっちが悪いだ、親が悪いだ。
関係ないですよそんなことは。
じゃあ自分はどうすんのという、主体性、自主性が、矢印を自分に向けることが根本中の根本なんだよ。
全てそれが原点なんだよ。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第173回
飯塚先生は、よく言われます。
「目的意識のない人は駄目ですよ。」
「どんなことでもいいので目標がなきゃ」
自分はどうしたいのか?
自分が出来ることをする。
それが大切なのかなと、私は思っています。
飯塚保人 ポッドキャスト「禅と経営」
173.概念で物事を語っても意味がない!
全機現
まあ要するに、いきいきと生きようってこと。
人間、70兆でも80兆の細胞が全部いきいきと現れるってことが全機現なの。
で、皆、現れないんだよ。
くすぶってんのよ。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第174回
こんな仕事駄目じゃないの?
もっといい仕事ねえかって、
現れないよな。
もうそれで矢印が半分逃げちゃってんだから。
こんな表現の言い方じゃあ、ウケないから止めとこう。
また半分になっちゃう。
本来の能力、ほとんど発揮しないで、外向いちゃっているんだよ。
全機現というのは、もう毎回言っているように、只管打坐して坐りなさいと、すると身心脱落になりますよと。
すると物と一つになるよ、隙間がなくなるよと。
そうすると全部の細胞が生きるよと。
それだけ。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第174回
失敗したらとか、ここでやれば打率がつながるとか、余分なことを考えないんだよ。
一球入魂、一打ずつピチッとやっていく。
すると嫌でも全機現するんだよね。
だから、スポーツマンでも何でも、人の何倍も能力があるんじゃないんだよ。
そこに集中しているだけなんだよ。
能力って皆あるんだよ。
普通の人は余分なことばっかり考えているから、能力発揮できないんだよ。
考えなきゃいいんで、これやったら上手く売れるかなって。
上手くなんか売れなくていいんだよ、一生懸命やれば。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第174回
そのことを思わないで、その商品と一体となる、お客様と一体となる。
一如で一緒に行動する。
結果売れちゃって全機現するってことだよな。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第174回
人の4倍5倍のパワー出ちゃいますから。
皆矢印が外向いてるからパワーが出ない。
全部、あらゆることは自己責任なんですよ。
コロナかかんないように自分で動くんだよ。
会社責任でも、国の責任でもない、自分がしっかりしなきゃ。
全機現しませんよ。責任を他人のせいにしている以上。
君のせいでしょって、君の幸せは君が作るんだよって。
これはやっぱり主体性、自主性が根っこにないと。
自分の人生、人に委ねてどうするんだ?
私は我が人生悔いが無いですよ。
一所懸命生きて、一所懸命死にますよ。
それでいいんだよ。全機現してりゃ。
【引用】飯塚保人 ポッドキャスト 禅と経営 第174回
なるほど、なんとなく分かるようで分からないような話です。
飯塚先生の話に対する私の解釈は、
目標を持って、自己責任で、主体的に取り組む。
照顧脚下で、自分のできることをやる。
まあ、それしかないのかなという気持です。
あなたはどんな風に感じられるのでしょうか?
よかったら飯塚保人先生のポッドキャストを聴いてみてください。
[…] 坐禅の構造 只管打坐 身心脱落 一体一如 全機現【後編】 | 夢見るキリン より: 2020年11月18日 5:14 AM […]